大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(レ)163号 判決

控訴人

小泉三郎

右訴訟代理人弁護士

吉田元

被控訴人

鈴木順子

右訴訟代理人弁護士

後藤冨士子

渡部照子

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因(被控訴人)

1  被控訴人は、控訴人に対し、昭和三〇年一二月二九日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、期間の定めなし、賃料一か月四〇〇〇円の約定で賃貸し、これを引き渡した。

2  昭和六〇年六月時点での本件建物の賃料は、一か月四万円であつた。

3  控訴人は、昭和六〇年六月一一日、東京地方裁判所から破産宣告を受けた。

4  被控訴人は、控訴人に対し、昭和六〇年六月二八日、民法六二一条に基づき、本件建物の賃貸借契約の解約を申し入れた。

5  昭和六〇年九月二七日、同年一二月二八日が経過した。

よつて、被控訴人は控訴人に対し、賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡及び右賃貸借契約終了の日の翌日である昭和六〇年九月二八日から右明渡ずみまで相当賃料額である一か月四万円の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし4の各事実は、いずれも認める。

三  被告の法律上の主張

原告が民法六二一条に基づいてなした本件賃貸借契約の解約申入は、借家法一条ノ二所定ノ正当事由を具備しないものであるから、その効力を生じない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし4の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二控訴人は、被控訴人のなした本件賃貸借契約の解約申入は、借家法一条ノ二所定の正当事由を具備しないものであるからその効力を生じない旨主張するので、この点について以下検討する。

思うに、家屋の賃借人が破産した場合において、これを理由とする民法六二一条に基づく解約申入をするについては、借家法一条ノ二は適用されないと解するのが相当である(最高裁昭和四五年(オ)第二一〇号同四五年五月一九日判決・裁判集(民事)九九号一六一頁)。

もつとも、借地法の適用のある賃貸借の賃借人が破産しても、賃借地上に建物を所有している場合には、賃貸人が民法六二一条に基づき解約申入をするためには、借地法四条一項但書、六条二項の正当事由が解約申入の時から民法六一七条所定の期間満了に至るまで存続することを要するものと解するのが判例(最高裁昭和四七年(オ)第七一八号同四八年一〇月三〇日判決・民集二七巻九号一二八九頁)であるが、借地の場合と借家の場合とは、解釈を異にするのが相当である。

すなわち、借地の場合、民法六二一条に基づく解約申入につき正当事由は不要であるとすると、破産財団から借地権という高い財産的価値を有する(更地価格の六割ないし七割を占めることも稀ではない。)権利を逸失せしめ、かつ、賃貸人は賃借人の破産という偶然の事態によつて実質的に大きな利益を得ることになる。

これに対し、借家の場合、場所によつては契約終了時の立退料の高額化現象がみられるにせよ、借家権の財産権としての価値は借地権のそれには及ぶべくもない。

また、借地の場合、借地人は、解約申入により契約が終了すると、買取請求が認められる場合を除けば、当該土地上に所有する建物の収去をも強いられ、その被る不利益の大なること、借家の場合の比ではない。

さらに、借地の場合は、借地法九条ノ二により、借地権の譲渡につき賃貸人が不利となる虞がないにもかかわらず承諾しないときは、裁判所が賃貸人の承諾に代わる許可を与えることができるとされており、借家法には同様の規定がないことに鑑みれば、法は借家権以上に借地権を保護しようとする趣旨であると解される。

右に述べたような借地権と借家権の財産権としての強弱や法による保護の程度の差を考慮すると、賃借人破産の場合、借地の場合は賃貸人からの解約申入に正当事由を要し、借家の場合は不要と別異に解するのが相当である。

なお付言するに、借家の場合にも民法六二一条に基づく解約申入に際し正当事由を要するとする見解も存するが、同見解は、破産宣告後の賃料債権が財団債権として保護される点をもその一つの論拠として重視する。

しかし、本件においては、〈証拠〉によれば、控訴人は破産宣告を受けたものの、破産財団をもつて破産手続の費用を償うに足りないため、同時に破産廃止の決定を受けたことが認められるから、賃貸借契約の解約を認めないとすると、賃貸人たる被控訴人に不利益を強いる結果になる虞がないとはいえないので、右論拠にもそわない事案ということもできる。

三よつて、本件賃貸借契約は、被控訴人が民法六二一条により解約を申し入れた日から六か月(借家法三条一項)経過した昭和六〇年一二月二八日の経過により終了するものと解すべきところ、昭和六〇年一二年二八日が経過したことは当裁判所に顕著である。

四以上によれば、被控訴人の本訴請求は、本件建物の明渡と賃貸借契約終了の日の翌日である昭和六〇年一二月二九日から右明渡ずみまで相当賃料額である一か月四万円の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容した原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小倉 顕 裁判官渡邉了造 裁判官岩坪朗彦)

別紙物件目録

東京都中野区東中野一丁目四〇番地

木造スレート葺二階建 居宅

床面積 一階 八五・九五平方メートル

二階 八五・九五平方メートル

(未登記)

右建物の内一階北側部分約三八平方メートル

(別紙図面斜線表示部分)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例